大判例

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東京高等裁判所 平成12年(ネ)5296号・平12年(ネ)4514号 判決

控訴人(附帯被控訴人)補助参加人(以下「補助参加人」という。) 安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 平野浩志

右訴訟代理人弁護士 平沼高明

同 加々美光子

同 平沼直人

同 福岡聰一郎

被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。) B(原判決における氏名の表示 C)

被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。) D

右両名訴訟代理人弁護士 金井厚二

主文

一  本件控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  本件附帯控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ全部被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴の趣旨

主文第一、二項同旨

二  附帯控訴の趣旨

原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人Bに対し、六一万六九一五円及びこれに対する平成一〇年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人は、被控訴人Dに対し、一〇六万八六五七円及びこれに対する平成一〇年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件事案の概要は、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当審における補充主張

1  控訴人及び補助参加人

(一) 原判決は、「被告は、自己の行為についての判断能力を失う可能性があることについて予見可能であったといえる。」と判示する。

しかしながら、控訴人は、自己が精神分裂病であるとの認識がなく、治療の必要性を認識していなかったのであるから、精神分裂病によって判断能力を失う可能性があることを予見することはできず、控訴人が本件事故当時心神喪失を招来したことについて過失があったということはできない。

(二) 原判決は、「被告の心神喪失状態は、一時的に生じたものということができる。」と判示する。

一般に、民法七一三条ただし書は、正常人の一時的な意識障害の場合について故意又は過失のあるときに適用されるものとされているところ、本件は精神分裂病に罹患している控訴人が心神喪失状態において事故を引き起こしたものであるから、正常人の一時的な意識障害の場合でないことが明らかである。

(三) 以上によれば、本件について民法七一三条ただし書を適用した原判決には法令の適用に誤りがある。

2  被控訴人ら

(一)(1) 控訴人は、本件事故当時、心神喪失の状態になかった。

(2)  仮に心神喪失の状態であったとしても、控訴人は、心神喪失を招くことに過失があったから、民法七一三条ただし書により責任を負うものである。

なお、民法七一三条ただし書にいう「一時」は、あくまでも心神喪失の状態が一時のことをいうのであり、非正常な状態が継続していても、心神喪失自体が継続的でない場合は一時の心神喪失である。

(二) 原判決は、被控訴人らの主張する損害のうち代車使用料相当額を本件事故による損害と認定せず、被控訴人Dについて定期券代三万八五〇〇円の限度で損害と認定した。

しかしながら、被控訴人らは、本件事故後、代車を借りることにしていたものであるのに、補助参加人(加害車両についての任意保険会社)から控訴人の心神喪失を理由に損害の賠償はしない旨告げられたので、やむなく、被控訴人Bにおいては実父から代車を借り、同Dにおいては電車通勤をしたものである。

このような場合、公平の見地に照らし、代車料相当額を本件事故と相当因果関係のある損害と認定すべきである。

また、原判決が弁護士費用損害として認容した額は低額にすぎる。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(被控訴人B本人、同D本人、甲A一、二、B一、二の1ないし4、乙一ないし九、丙一、二)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人(昭和二五年九月一〇日生)は、商業高校を卒業し、瓦葺屋根職人をしていた者であり、昭和四九年四月に妻E子と婚姻し、同女との間に長女F子(昭和四九年一二月二三日生)及び二女G子(昭和五六年一月一八日生)が生まれた。性格は真面目であり、仕事熱心で、趣味や娯楽を楽しむこともなく、「仕事が趣味」という生活態度であった。

(二) 控訴人は、昭和六二年ころから被害妄想、罪業妄想を抱くようになっていたところ、同年一二月に開催された中学校の同窓会での言動が異常であったことを友人に指摘され、昭和六三年一月六日、妻に連れられて群馬県太田市所在の三枚橋病院で診察を受け、精神分裂病と診断され、同年四月一九日まで通院して治療を受けた。しかし、医師から投与された薬の規則的な服用を拒否し、右同日をもって通院を中止した。通院期間中も仕事はしていた。

(三) 控訴人は、同年四月二五日、妻に連れられて埼玉県深谷市所在の深谷赤十字病院で診察を受け、精神分裂病の診断の下に平成元年七月二六日まで通院して治療を受けたが、病気であるとの認識を欠き、医師から投与された薬を指示されたとおりに服用せず、右同日をもって通院を中止した。通院期間中も仕事はしていた。

(四) 控訴人は、その後比較的安定した生活を送っていたが、平成二年六月ころ、被害妄想が再燃し、盗聴されていると訴えるようになり、同月二一日に深谷赤十字病院で受診し投薬を受けたものの、その服用を拒否し、妻に対して攻撃的な態度をとるようになった。

そして、控訴人は、家族から入院治療の希望を受けた深谷赤十字病院の医師の紹介で、同月二八日から同年九月二八日まで、精神分裂病の治療のため、埼玉県深谷市所在の北深谷病院に入院(医療保護入院)した。

控訴人は、右入院に際し、往診した医師に対し「ここには盗聴器が仕掛けられている。裏の人間が操っている。あんたたちもその人間に頼まれて俺を消しに来たんだろう。」などと言い、医師の説得に応ぜず、入院を拒否して興奮したため、格闘の末病院に連れて行かれたものであり、その後も興奮状態が継続したため、同年七月三日まで保護室に収容された。入院中も、病気であるとの認識が十分ではなく、退院時において、妄想等の精神症状はほとんど消失したが、病識はなお不十分であった。

控訴人は、退院時に「薬はちゃんと飲みます。外来にも通いたいと思います。」などと述べていたが、同年一一月一四日に受診した後は通院をしなくなった。なお、同年一〇月一二日及び同月二六日に受診した際には、医師に対し、「仕事に行っている。盗聴されているようなことはない。」と述べていた。

(五) 控訴人は、平成三年六月中旬ころから不眠を訴えたり、天井や電話機を気にするようになり、同月二三日には自宅で暴れ、同月二四日には、興奮して一升瓶を割って「殺してやる。」と言って振り回したり、北深谷病院に電話をかけて「俺は何でもないのに、この前入院させられた。」などと言って怒鳴ったり、妻を閉じ込めて家の中から鍵をかけ、誰も入れず、心配して駆けつけた親族の説得も聞こうとせず、かえってビール瓶を割って振り回そうとするなどした。

控訴人は、翌日の同月二五日、妻や義姉らに連れられて北深谷病院で診察を受け、医師に対し、薬を飲むことと通院することを約束して帰宅した。

控訴人は、その後も家で暴れたり、「盗聴されているかもしれない。」などと言って電話機を調べたり、天井を突っついたりしたことがあった。また、具合が良くなると全く薬を飲まなかった。

控訴人は、同年八月ころに北深谷病院に通院した後、通院をしなくなった。

(六) 控訴人の妻は、平成九年秋ころ、控訴人と仕事のことでもめ、高校三年生の二女を連れて実家に帰り、その後控訴人と別居していた。

(七) 控訴人は、平成一〇年二月一八日夜、群馬県藤岡市のサウナ「千湯」でけんかをして負傷し、手を血だらけにして妻の実家を訪れた後、車を運転して出て行き、翌一九日の明け方に再び妻の実家に来て日中を過ごし、夜、妻に送られて自宅に戻った。翌二〇日、控訴人は、知らない女性の運転する車を追尾して警察に通報され、警察官に保護されて、厳重注意の上、妻に引き取られた。

また、控訴人は、そのころの日の午前三時ころ、妻が家政婦の仕事をしている大谷方を訪問して「俺は組織に追われている。」などと話したことがあった。

(八) 控訴人は、同月二一日午前七時半ころ、加害車両を運転して妻の実家を訪れた。妻は、控訴人が「携帯電話を無線で交信しているような感じ」の妄想に支配されたような言動をしていたため、病院に連れて行こうとしたところ、控訴人は、妻の目が離れたわずかの間に加害車両を運転して出て行ってしまった。

その後、控訴人は、加害車両を運転し、JR深谷駅方面に向かい、同日午前八時三四分ころ、一方通行の道路を逆行して車両と正面衝突した後、バックで走行して二台の車両に衝突し、その後方向転換して前進走行により次々と停車・駐車中の車両に衝突し、午前八時四五分ころ、現場に駆けつけたパトカーに衝突し、警察官の制止を振り切って更に暴走した挙げ句、午前八時四七分ころ、進行方向を封鎖したパトカー二台に次々と衝突してようやく停止した。

本件事故は、この一連の衝突事故の中で発生したものである。

(九) 控訴人は、その場で警察官に逮捕されたが、警察官の事情聴取に全く応じないで暴れ、かつ、言動が支離滅裂であったことから、精神保健指定医二名による診察が行われ、精神運動興奮状態、幻覚妄想状態と認められ、自傷他害の恐れがあるものと判定され、埼玉県東松山市所在の東松山病院への措置入院の手続が採られた。

(一〇) 控訴人は、入院時、髪はボサボサでひげも伸び、体臭がかなり強い状態であり、また、幻覚妄想状態が著しく、精神運動興奮状態にあったため、隔離・拘束され、同年三月一〇日まで保護室(静養室)において経過観察を受けた。

控訴人は、現在まで入院しており、興奮状態は治まったものの、妄想が残存し、病識は欠如している。

2  右認定事実に精神保健指定医坂本守及び同久野慶典作成の各措置入院に関する診断書(乙六、七中のもの)並びに医師長谷川友紀作成の意見書(丙二)を総合すると、控訴人は、本件事故当時、精神分裂病による精神運動興奮状態、幻覚妄想状態にあり、精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にあったものと認められる。

3  被控訴人らは、控訴人の心神喪失の状態は一時のものであり、右状態を招くについて控訴人に過失があったから、民法七一三条ただし書により控訴人は損害賠償責任を負う旨を主張する。

そして、この点につき、原判決は、<1>控訴人は、本件事故の一〇年以上前から精神分裂病の治療を受け、治療継続の必要性を認識した上で、医師に対して受診・服薬を約束していたのに、症状が軽快すると治療を中断して症状を悪化させていたことなどに照らすと、自己の行為についての判断能力を失う可能性があることについて予見可能であったといえるから、心神喪失状態を招来したことについて過失があったものと認めるのが相当であり、<2>控訴人は、東松山病院における入院治療の間に本件事故の内容や損害賠償責任について言及し、民事責任を自覚していると受け取ることのできる発言をしていることに照らし、措置入院後一か月も経ないうちに本件事故による民事上の責任を認識し判断するだけの能力を回復していることが明らかであるから、心神喪失状態は一時的に生じたものということができるとして、民法七一三条ただし書の適用を肯定した。

しかしながら、前記1、2の認定事実及び同掲記の証拠によれば、<1>控訴人は、昭和六二年ころに精神分裂病に罹患し、昭和六三年一月から平成三年八月まで通院治療・入院治療を受けていたこと、しかし、控訴人は、病識に欠け、医師の指示に従った服薬を怠り、平成三年八月を最後に通院もやめ治療を受けていなかったこと、<2>本件事故の直前半年間は妻と別居していたこともあって、この期間の状態は明らかでないものの、本件事故の数日前から妄想に支配された異常行動が存在したこと、<3>本件事故直後は、幻覚妄想が著しく、精神運動興奮状態にあり、直ちに措置入院の手続が採られ、その後約三週間保護室に隔離されていたこと、<4>現在もなお妄想が残存したまま入院を継続していることなどの事実が認められ、こうした事実に照らすと、控訴人の前記2に認定の精神状態(心神喪失)を一時のものと認めることは到底できないといわなければならない。

原判決は、措置入院後一か月も経ないうちに民事上の責任を認識判断する能力を回復した旨認定するけれども、証拠(乙七、八)によれば、原判決が右認定の根拠とする二月二三日の発言(原判決二〇頁(1) の発言)は「(昨日のことを)覚えてます。警察につかまって。指令があって。頭の中にテレパシーがあって「やってみろ」と言われて。」というものであるし、三月二七日の発言(原判決二二頁(5) の発言)は「俺は事故を起こしたんだけど、ム所じゃなくてどうして病院にいるんだか分からない。(カルテをさして)ここから命令が出たんだ。これ以上争うと頭がおかしいと思われるけど、そんなことはない。本当なんだ。いつどこで致死量の薬をもられて殺されるか恐いんですよ。」というものであって、これを責任能力を回復したことの根拠とすることはできないというべきであるし、また、三月一八日(原判決二一頁(3) の発言の日)には医師に対し「お前がここに入れたんだろ。薬を飲ませるようにしているんだな。」と発言し、四月二〇日(原判決二一頁(4) の発言の二日後)には医師に対し「やはり組織はどこかにあるね。このごろ目立つようにはやらないけど。」と発言していることが認められる上、前記認定のとおり、控訴人はその後現在に至るまで東松山病院における措置入院を継続されており、かつ、妄想が残存し、病識も欠如しているのであるから、原判決認定の発言をしていることを根拠として措置入院後一か月も経ないうちに民事上の責任を認識判断するに足りる能力を回復したと認めることは到底できないものというほかない。

4  以上によれば、控訴人は、本件事故当時、精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にあったことが認められ、かつ、右は一時の状態と認めることのできないものであるから、損害賠償責任を負わせることができず、したがって、被控訴人らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二  よって、被控訴人らの請求はいずれも棄却すべきであるから、本件控訴に基づき原判決中控訴人敗訴部分を取り消した上、右請求をいずれも棄却することとし、附帯控訴は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 土居葉子 裁判官 松並重維)

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